■各宗派別葬儀
●天台宗葬儀の特色
天台宗における儀式は、顕教、密教、顕密併用の三種が用いられる。顕教は経典読誦や懴悔によって自戒実践するものであり、密教は秘法である加持祈祷が中心となる。葬儀においても同様な形式であり、顕教法要である法華懴法、例時作法、密教法要である光明供の秘法を修する。いずれの法儀を修するも、常用される法要の後、故人を仏界に導くため要文を授け授戒するなどの引導作法が修せられる。これら各修法の特色はその法会を修する者の観法にあるとする。
●真言宗葬儀の特色
真言宗の葬儀は、即身成仏への引導作法であり、成仏への三つの要因となる三密妙行を与えるところに特質がある。三密とは、行者の身・口・意の三業と仏の身・口・意とが一体不二になる修行のことで、真言宗の修行・観法はすべて三密修行で一貫されている。葬儀においても、仏と導師と亡者の三者が、三密平等の観に立つところに特質があり内容がある。仏身を表すために亡者に印を授け、仏語としての真言を与え、心は仏心と一体三昧になることを示す。他宗と少し異なることは、単に三宝に帰依するということではなく、仏法僧に己が身心を一体帰入するという三昧の境地を強調することである。この三密の三昧は瑜伽行とも呼ばれる。
●真言宗智山派葬儀の特色
真宗・日蓮宗を除く他宗派は、葬儀式の前段に授戒するが、智山派では亡者を入棺するときに沐浴、剃髪、授戒の引導作法をするところに特色がある。興教大師作とされる引導法は、まず死者に戒名を授け、護身法などの作法をふんで導師自ら成仏して後に死者を加持し、成仏せしめるという組み立てとなっている。開山の興教大師は平安末、ようやく台頭してきた浄土往生思想を積極的に吸収、それと即身成仏を為本とする密教思想とのたくみな融和を計った。また、鎌倉時代に入り、明恵上人の創唱した「光明真言信仰」も大きな影響を与え、引導法に多くの展開がみられるようになった。故に真言密教の引導法は、即身成仏為本と浄土往生思想附加の引導法に大別される。
●真言宗豊山派葬儀の特色
わが国の真言宗は古義と新義に大別されるが、豊山派は高野山大伝法院を根拠とし、興教大師の流れを汲む新義真言宗の一派である。したがって葬儀の法則も大伝法院流によるが、広沢流通用式も合わせもち、特有の法式となっている。葬送儀則は(1)入棺作法(2)剃髪授戒作法(3)棺前読経(4)野辺式から成り立っており、(1)と(2)は智山派と同様に入棺時に修せられる。真言宗の葬儀の根本は、あくまでも死者を、たとえ死後であったとしても即身成仏させることにある。来世における成仏を前提としないことが特色である。
●浄土宗葬儀の特色
浄土宗の通常法要では、序分-正宗分-流通分の三段階の構成で行われるのが伝統的な形式だが、葬儀式では、これに授戒と引導の二段階が加わり、五構成で行われる。威儀法からいっても序分と流通分とは仏を供養し、その加護を願い、仏を恭敬礼拝するという凡夫から仏への志向の立場に立つもので、威儀は長跪合掌、ないし恭敬礼拝する。正宗分は凡夫の立場を離れ、仏の代説の立場となるため、極楽浄土における仏説法の場の現出を象徴する形式をとる。この願行一致の三段階に授戒・引導を加えたものが浄土宗葬儀式の基本的な形式であり、きわめて論理的に構成され、教義がそのまま儀礼となって表れるところに特色がある。
●西山浄土宗葬儀の特色
西山浄土宗は「観無量寿経」の所説を尊び、善導大師のご信仰に即して行われる。故に葬儀において、いちばん大切なことは「下矩引導」となる。生前五重とか授戒等の儀式によって信心を得ていても、臨終に直面しては心が動揺、錯乱し、失念のため心安らかに往生を遂げることは離しい。そこで導師が、恐怖や不安におびえる亡者の魂をしっかと導いて西方浄土に安住させるという大任を果たすのである。「観無量寿経」の三輩九品の説によると、金剛台、紫金台、金蓮台、七宝蓮華と表現に相違はあるが、ともかく蓮花に乗り、あるいは華中に閉ざされて、一瞬のうちに浄土七宝の池の中に往生する。亡者の宿業により蓮華がすぐ開くものもあれば、七十七日を経て初めて見仏聞法のご利益を受ける者もある。導師は下矩引導によって、亡者の魂を蓮華に乗せて間違いなく極楽浄土へ導くのである。
●浄土真宗本願寺派葬儀の特色
本願寺派の葬儀次第は、すべて勤行となっている。最初に弥陀、釈尊ならびに十万の諸仏を勧請する散華文の三奉請を唱え、その後、正信偈に念仏と和讃二首の添引となっている。これは、真宗においては死者に対する回向の勤行ではなく、あくまでも阿弥陀如来に対して報仏恩の行業であることによるものである。真宗では原則としてご本尊以外に対しての読経は行わないのが本義であり、葬儀に際しても、本尊なくしては行わず、死者に対しての供養は全くない。とはいえ死者を粗末にする意ではなく、哀悼の念から葬儀を執行することは他の宗派と何ら変わりない。これは、浄土真宗の往生が、自身修行の力によって現れた浄土に行くことではなく、仏の願力によってつくられた報土に生まれさせていただく、新たに浄土の身心が生ずる、という信仰からくるものである。
●真宗大谷派葬儀の特色
真宗では、平常弥陀回向の本願に帰依し、信心を獲得して仏恩報謝の念仏に生きることを人生の本義とする。この信心が確立すれば、本願力によって、この身は浄土に生まれる定めにあり、現実の命の終わりには、即、弥陀の浄土に入ることになる。したがって真宗における葬儀は、読経や念仏の功徳を回向することによって死者の罪業をほろぼし、解脱せしめるような自力回向の意味はない。如来、祖師、先徳に対し、仏徳讃嘆と報恩謝徳のまことを捧げ、往生の本懐を全うした死者に対し徳をし
のび誠を尽くすことが葬儀の意味である。故に引導作法や追善供養の行儀は一切ない。命終と同時に浄土に生まれるのであるから、死者に旅装束の用意は必要ないし、死者の崇りや恐れを逃れるための咒術的作法を行うこともない。
、死者生前の恩徳を思い、如来の本願を仰いで開法に励み、念仏によって報恩謝徳を尽くす期間とする。
●時宗葬儀の特色
時宗では命終のときを宗要とし、今日只今を臨終と悟り念仏することとする。そこで葬儀式においては、六時礼讃中の要懺悔文や略懺悔文を読誦し、阿弥陀経を誦する。死霊が冥の国への不安感や現世への執着感などにとらわれて苦悩することから離脱するために読経念仏し、読経念仏そのものが死者の運命を左右するものと考える。つまり儀礼を受けた死霊は安定し、生者にも福楽を与えるが、儀礼を受けることのできない死霊はその恐怖心やら餓鬼となった苦しみやらで、生者にする害を及ぼすと考える。そのため葬儀は壮厳にし、できるだけ死者の安心立命を願うことを他人に披露することになる。
●臨済宗葬儀の特色
苦界の衆生を大悟の境界に導く引導作法は、葬儀式においては、導師が棺前で法語によって唱える。引導文はふつうは詩文になっており、韻字、平仄を合わせることが必要であり、しかも禅の宗旨を示し、生死の安心を示すことが必要であるとされている。また生前の生涯や法名の意味を示すこともまた必要である。葬儀の後に、引導法語の意味内容を生者が聞けば、その尊さを実感し、僧侶にとっても尊い布教となる。引導を自信をもって唱える僧侶には、厳しい禅の修行が背景にあり、半端な修行しかしていない者には、自信をもって引導を唱えることはできない。その意味でも臨済宗の葬儀式の背景には、厳しい禅の修行があることを知るべきである。式次第や細部では地方によって多少の違いはあるが、大筋は禅と同時に中国から伝えられた「清規」によるものである。このなかの『勅修百丈清規』に住持と、修行するために寄寓している僧との葬儀の仕方が出ている。在家の葬式は記載されていないが、寄寓している僧の場合が改善されて適用されたものと思われる。
●曹洞宗葬儀の特色
禅とは釈尊の修行、菩提、涅檗を学び、行い、即、如来の仏頂に参入することであり、極楽浄土の有無、霊魂の有無は問題ではない。故に禅家の葬儀は速成就仏身である。禅は心の他に法はなく、仏について求めず、法について求めず、僧について求めず、ただ仏菩薩に礼拝するのみである。が、在家に対しては、信の荘厳から始まり、みごとな声明法式は欠かせない。特に肉親の逝去に悲しんでいる人たちに、仏の慈悲による救済、仏世界に摂受されることを、善美を尽くした儀式によって証明することは慰めであり、信仰の大慈悲門である。禅宗の葬式が一般にいちばんありがたいと評価されているが、これは「立ったり座ったり、回ったり、ドンチャン」といわれる如くの様式美によるものである。
●黄檗宗葬儀の特色
黄檗宗の葬儀は、僧侶の葬儀に特色があり、作法などにも他宗派と異なる点が多いが、在家の葬儀は、民間に定着していた儀礼によって行う。元来、禅宗の葬儀は僧侶のためのものであるが、僧侶用に民間の風習を取り入れつつ形式化された。読誦する経文であっても発音は異なる。故人に対し、生存者の心情の表現としての儀式なので、教義上云々は持ち込まない。葬式を司る側でも、単なる儀式として対応するのではなく、死者の安心とともに、哀しみのなかにいる生者の安心に意を用いる。
●日蓮宗葬儀の特色
日蓮聖人は死後の安心を「法華経の信心あつければ、死後は必ず霊山浄土で釈迦牟尼仏に面奉し、成仏することができる」と説いた。死者の追善供養には自我偈を読誦して回向していることなどは御遺文に多くの例がある。この教えを「よりどころ」として葬儀を営む。引導文に「○○霊也、宿福深厚にして、一乗信受の家に生まれ、常に唱題読誦の妙行を修す。直至道場、豈に疑うべけんや」と説くのはこのことである。通夜、枕経などでは、読経、回向、唱題、説法を行うが、授戒や血脈授与などはない。授戒がないということは、日蓮宗の葬送の中心となる「鷲山往詣」が、法華経の信者であるということを条件としているからである。未信者の葬儀にあたっては、法華経を読誦し、題目を唱えることが「持戒」であるとの説示により、引導受戒をする。
●日蓮正宗葬儀の特色
日蓮正宗の葬儀式は、大石寺九世法主日有上人によってその化儀(けぎ)が確立、以来厳しく伝統を守る。その精神は、単に儀礼や形式ではなく、今命終した故人の即身成仏を願う大切な儀式であり、この即身成仏するためには、法華経の根本である大御本尊によるしかない。密教などで説かれる即身成仏は根本的に誤ちであり、真の即身成仏を標榜できるのは、日蓮正宗のみであり、大聖人を木仏に奉る日蓮正宗の教義信条においてのみ即身成仏は可能である、と説く。作法の特色としては、位牌・過去帳は拝む対象ではなく、戒名、俗名、死亡年月日、年齢を書くものにすぎない、とする。また、御宝前への湯茶を禁じ、水を供えるのが正しいとする。このように葬儀式や先祖供養儀礼において独自の儀礼様式が確立しており、その伝統を厳しく守る。葬儀式では、導師、喪主その他弔問者も一体となって故人の即身成仏を心より願い、大御本尊の御威光に照らされて霊山浄土へ向かえるように全員で御祈念する。
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