【宗派名】法華宗(本門流) 大本山
【別名】
【住所】京都府京都市中京区寺町御池下ル
【本尊】十界曼荼羅
【開山】日隆聖人
【開基】
【由緒】本能寺の歴史は再建と復興の歴史であり、7度に渡って再建が成されている。開創は応永22年(1415)、伯父にあたる日存、日道両聖人とともに妙本寺(現妙顕寺)の綱規の粛正に努めたが志を遂げられず同寺を去った日隆聖人を開山として行われた。油小路高と五条坊門の間に寺門を構えて本応寺と号したが、3年後に妙本寺教徒によって破却される。永享元年(1429)に再興、5年後に大宮六角に移転し本能寺と改号。しかし天文5年(1536)延暦寺との教義論争による「天文の法乱」により破却。同14年に四条西洞院に大伽藍が再興されるが、天正10年(1528)の「本能寺の変」により全てを焼失。天正20年(1592)に再興されるが天明の大火により再び焼失。その後も元治元年(1864)の蛤御門の変で砲撃戦の的となるなど7度の難を乗り越え、昭和3年第七の建立を経て今日に至る。
【寺宝】五彩龍鳳花卉文大瓶--大明万暦年製(重文)/その他の貴重な文献、文化財等は7度の難によって多くを焼失。文化史的に非常に残念である。