【寺院名】鳴鐘山 東勝寺(とうしょうじ)

【宗派名】真言宗豊山派 別格本山
【別名】宗吾霊堂
【住所】千葉県成田市宗吾1-558
【本尊】大日如来 宗吾尊霊
【開山】坂上田村麻呂
【開基】
【由緒】桓武天皇(在位781-806)の時代に、征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定し、戦歿者供養のため建立された真言宗豊山派の寺院である。我が国の代表的義民として有名な佐倉惣五郎(本名木内惣五郎)は、今から320数年前に佐倉藩国家老による暴政のため、領民の救済を4代将軍家綱へ直訴し、その罪により公津ケ原刑場で磔刑に処された。この時、住僧澄祐和尚は遺骸を刑場跡に埋葬した。現在の墓がこれで、惣五郎処刑後、藩はこの失政を悔い、宝暦2年(1752)、100年忌の時に堀田正亮は宗吾道閑居士の法号を諡号した。以来惣五郎は宗吾と呼ばれ、寛政3年(1791)、堀田正順は徳満院の院号と石塔一基を寄進。また文化3年(1806)には堀田正時が宗吾の子孫に田高5石を与えた。現在は本堂、慈眼閣、霊宝殿、仁王門、鐘楼堂、宗吾一代記館等の建造物があり、信仰に参詣に多くの人々の人気を博している。
【寺宝】本堂/大本坊/仁王門/宗吾御一代記館--生涯を等身大人形66体で13場面に配置/甚兵衛渡し