【宗派名】臨済宗妙心寺派三等地一級
【別名】熊野尾捨山
【住所】和歌山県東牟郡那智勝浦町大字下和田775
【本尊】(国宝)薬師如来(薬師瑠璃光如来)
【開山】寳山宗勝(大禅師)
【開基】
【由緒】桓武天皇(781-806)の勅命を奉じ、遷都の地を求めて諸国行脚に出た伝教大師(最澄767-822)は、先ず熊野の地に錫を向けた。当時尾捨山の麓は柳や楠の大樹が生い茂り、蛇渕が青く淀み、そばに温泉の湧き出る砂場があった。その土地を所有する豪族の父娘が砂湯に入っていると、災難にあった。その妻が大師に救いを求めると、大師は蛇渕で身を清め、7日の行をして彫刻の刀を手に持ち、一刀三拝して薬師如来像を彫った。時は延歴7年(788)12月末のことである。大泰寺の開基は定かでないが、寺伝によれば享禄(1528-32)・天文(1532-55)の頃、安湲禅師曹洞宗を起こしたとある。本堂は元禄2年(1689)に創建され、現在の建物は昭和7年(1932)に再建されたものである。臨済宗京都妙心寺派に属し、本尊に釈迦如来を祀る。関南七薬師の第1霊場として、往時は太田組18ケ村をはじめ近隣の人々の信仰を集め、参詣者が跡を絶たない。
【寺宝】薬師如来像(重文)//日光仏月光仏/懸仏(県文)/大般若経 600冊 二重箱入/板碑(県史蹟)/伝教大師錫杖/平維盛太刀/その他、書画多数