【寺院名】霊鶴山 幸松寺(こうしょうじ)

【宗派名】曹洞宗
【別名】石雲山
【住所】福井県敦賀市莇生野区
【本尊】釈迦牟尼佛
【開山】梅翁存立和尚
【開基】朝倉義景公
【由緒】幸松寺の沿革は、天長年間(824-34)に粟野村野坂光照寺谷に、七堂伽藍を完備した元真言宗の巨刹・光照寺が建立されたことに始まる。光照寺は年月を経て無檀無住の寺となり荒廃していたが、越前守護職・朝倉義景公がこれを惜しみ、元亀2年(1571)3月15日、滋賀県伊香郡永原村山田の曹洞宗寺院増光寺の第3世梅翁存立大和尚を招き、曹洞宗光照寺として再建された。天正元年(1573)8月、織田信長の朝倉攻めにより、伽藍をことごとく焼失する。その後70有余年、堂宇の再建が企てられたが、再建地について意見がまとまらなかった。ついに鶴が天に舞うのを見て、その鶴の降り立ったところにしようと決まり、鶴が降り立ったのが堂松寺山山麓の真言宗の古刹・堂松寺境内だった。同寺はほとんど廃寺の状態だったので、ここを再建の地に定め、鶴が降り立った故事により山号を霊鶴山とした。
【寺宝】聖観世音菩薩/道元禅師、榮山禅師各木像/山門十六羅漢(樹令千年楠材)/仁王像(樹令千年檜材・六尺丈)