【寺院名】桧尾山 観心寺(かんしんじ)

【宗派名】高野山真言宗
【別名】
【住所】大阪府河内長野市寺元475番地
【本尊】(七星)如意輪観世音菩薩
【開山】役小角
【開基】実恵大徳
【由緒】観心寺は、奈良時代大宝年中(701-04)に役小角によって開かれ、初めは雲心寺と呼ばれていた。その後、弘法大師空海(774-835)が当寺を訪ねた折、境内に北斗七星を勧請して、衆生の除厄のために本尊如意輪観世音菩薩を刻み、寺号を観心寺と改称された。大師は当寺を道興大師実恵に附属、実恵は淳和天皇(在位823-833)の拝命により、伽藍を建立した。南北朝時代には、後醍醐天皇(在位1318-39)の信頼厚く、建武新政後、楠木正成(?-1336)に金堂外陣造営の勅が出され、現在の金堂が建てられた。観心寺中院は楠木家の菩提寺で、正成幼少の頃の学問所である。また、正成が湊川で討死後、その首級が当寺に送り届けられ、現在首として祀られている。以後、足利、織田、徳川にそれぞれ圧迫を受け、最盛期には50余坊あった塔頭も、現在わずか2坊になってしまったが、境内は史跡として、山岳寺院の景観を保持している。
【寺宝】如意輪観世音菩薩(国宝)/金堂(国宝)/鎮守訶梨帝母天堂(重文)/金銅仏 4体(重文)/地蔵菩薩(重文)/聖観音 6体(重文)/十一面観音(重文)/如意輪観音(重文)/楠公建掛塔(重文)/楠家文書(重文)/他多数の重文有